2003年5月16日
軍隊の性欲の歴史  My


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はじめに
 兵士は人間であり、軍隊は巨大な人間集団である。従って兵士を任務に服させて、軍隊が機能を保つには、兵士たちの、人間としての自然な欲求を、満たしてやらねばならない。そして満たすべき欲求には、食欲、睡眠欲はもちろんのこと、性欲も含まれている。
 そこで、今回は西洋軍事史を対象に、軍隊の性欲処理について概観する。
 それにしても、軍隊の食欲や睡眠欲について、すなわち補給や休養、宿営についてのレジュメも作っていないのに、性欲とは、扱う順序に誤りがあるような気がしないでもない。


<古代の軍隊の性欲処理>
 古代においては、多くの大国家が興亡、様々な形の軍隊が組織されており、自国民を徴集することもあれば、傭兵を雇うこともあった。また、非常に大規模な、あるいは異常に苦難に満ちた軍事活動もしばしば行われている。だが、軍隊の形態がどうであれ、また遠征がいかに苦難に満ちたものであれ、軍中には、性欲処理のために伴われる非戦闘員の姿を、常に見ることができる。
 たとえば、ペルシア帝国中枢部での戦闘に参加した後、そこから戦闘を重ねてギリシアへの脱出を果たした、紀元前5世紀のクセノポンのギリシア人傭兵部隊や、インドからペルシアへかけて兵力の六割を失いながら強行された、紀元前4世紀のアレクサンドロス軍の砂漠越えにも、多数の女性が含まれていた。
 それでは、こうした女性がいったい何者なのかであるが、商人に混じって軍に同行する娼婦もいれば、遠征軍が略奪によって捕虜にした女性もいた。そして、兵士個人が女性を抱えて同伴していることもあった。ちなみに、傭兵などは、女性の獲得を目的に戦争に参加することもあったようで、紀元前3世紀のハンニバル軍に参加したスペイン沖バレアス諸島の投石部隊は、報酬を金銭ではなく捕らえた女性で与えるように求めている。なお、性欲の処理は女性のみを対象に行われたわけではなく、美貌の少年を抱えている兵士もいたことが、クセノポンのギリシア人傭兵部隊の様子から分かる。
 ところで、このような非戦闘員は軍事的には足手まといに過ぎず、クセノポンのギリシア人傭兵部隊に見えるように、場合によっては、非戦闘員を軍中から追放せざるを得ないこともあった。だが、それでも監視の目をくぐって、女性や美少年を同伴する者はいたようである。
 なお、自国民を徴集した軍隊の場合は、兵士に休暇を与えて帰郷させるというのも、性欲処理の一つの手であろう。たとえば、アレクサンドロスはペルシア遠征初年の冬には、新婚の将兵を、妻とともに過ごせるよう、本国に送り返している。ちなみに、アレクサンドロスよりはるかに昔、紀元前12世紀から紀元前7世紀にかけて強大な力を誇ったアッシリア帝国においても、兵士は、時折休暇を与えられ、妻を妊娠させるために帰郷していたという。
 また、軍隊が防衛のために配置されている場合は、兵士たちが女性とともに生活することも容易である。ローマでは領域と防衛体制の確立された帝政初期から、兵士が女性と共同生活を営むのが慣行となっていたが、3世紀になると結婚が許可され、兵士たちのの間で急速に結婚が広まっていった。そして、家族の養育も、4世紀の一時期を除いては、国家からの給付によって為されていた。


<中世の軍隊の性欲処理>
 8世紀以降、西洋では、商業および流通の低迷によって、各地方の経済的な独立傾向が強く無数の豪族が割拠しており、強力な統治を広域に渡って行える政府は長らく成立しなかった。そのためこの時代に巨大な軍隊が組織されることはまれであり、戦争は小規模で略奪に終始するようなものが大半であった。ちなみに、この時代の軍隊の中核を成したのは、武装した豪族である騎士であり、彼らは礼節を重んじる独特のしきたりを形成していたが、そのようなしきたりは、互いが騎士である場合にのみ通用することがあったにすぎない。騎士たちは民衆に対しては軽蔑の念を抱いており、民衆に対する略奪や放火に全く容赦は見られなかったのである。そしてそれは、強姦についても同様であり、彼らはあらゆる機会をとらえて女性を罠にかけようとした。そのうえ彼らは、兵士たちの狂乱が民衆に向けられても、止めようとはせず、あえてそれを放置したのである。
 また強姦のほか、従軍する娼婦によっても兵士の性欲は満たされた。たとえば、12〜13世紀に成立した騎士パルツィファルの伝説では、戦士たちのテントのそばに娼婦の宿舎が見られるという。
 ところで、13世紀に行われた十字軍のエジプト遠征は、イスラームの軍勢に補給を絶たれ、多数の病者を出して壊滅的な敗北を喫したが、当時の記録には、これについて、女性との肉欲を絶ったため多数の死者がでたと述べるものがある。これは中世において、軍隊の性欲処理の必要性がいかに深く認識されていたかを物語るものであり、非常に興味深い。


<近世の軍隊の性欲処理>
 その後の西洋世界では、生産力の増強によって余剰人口が生じ、14世紀以降、大量の傭兵が各地に出現することになる。そして国家も、復活を遂げた商業を背景に、軍隊を傭兵で編成するようになっていった。しかし、この時代の国家は未だ、大量の傭兵を養いきるほどの能力はなく、傭兵隊は各地を略奪しつつ放浪することで維持されていた。そこには当然、虐殺、放火、強姦等の残虐行為があふれかえっていた。そして、民衆はそのような残虐行為から生命と財産を守るため、傭兵隊に貢ぎ物を捧げざるを得ないこともあり、その貢ぎ物にはもちろん女性も含まれていた。
 ただ、大量の傭兵の性欲は、強姦や貢ぎ物の女性のみで処理しきれるものではなく、傭兵隊の輜重隊には多くの娼婦が同伴されていた。彼女たちは、肉体で奉仕して性欲を処理するのみならず、飲食の用意や掃除洗濯、傷や病の看護といった兵士たちの身の回りの世話をも行った。娼婦たちの役目がこのようであれば、当然、兵士との関係は親密なものとなり、しばしば事実上の夫婦として生活した。そして、彼女たちの行商や裁縫、洗濯等の稼ぎは、貧しい兵士たちの生活を支えた。このような夫婦生活はたいていは一時的なものであったが、時には正式な夫婦となる者もいた。
 なお、傭兵隊の上層部は、部隊に娼婦が付き従うことを、好ましいと考えてはいなかった。しかし、兵士の生活と娼婦は切っても切れないものであり、一部には娼婦に給与を払って売春を部隊内に制度化しようという試みも見られる。
 やがて、17世紀後半になると、国家の権力が確立して税制の整備が進み、傭兵部隊も常備軍として国家機構の一部に取り込まれ、厳格な規律の下、統制されることになった。そして、この頃には、軍隊内から兵士の妻が排除されたし、兵士が女性と親しい関係を持つのを制限しようと努めてもいる。だが、兵士の性欲を絶つことが不可能である以上、軍隊から性行為を無くすことはできなかった。相変わらず軍隊には大量の娼婦が群がって来たし、冬営中などに兵士が愛人を見つけても、それは脱走防止に役立つとして現場では好意的な目で見られていた。


<近代の軍隊の性欲処理>
 18世紀末のフランス革命によって西洋には、大衆を徴兵する巨大な国民軍が出現、戦争は、それまでの傭兵軍とは比べものにならない規模の兵力で戦われるようになった。その後、いくつかの戦争を経て、西洋諸国は、人的物的資源および科学技術の総力を挙げて軍備拡張を行うようになっていった。そして20世紀にはいると、その肥大した軍事力が全面的に衝突、1914年に世界大戦を引き起こすことになった。
 世界大戦は、国民大衆を巻き込んで熱狂のなか行われたため、外交的解決の見込みは無く、長期戦に陥ったが、そうなると当然、前線に押し込められた兵士たちの性欲処理が重要問題となる。最初は健康的な生き方として禁欲が奨励され、兵士は塹壕の中で自慰に励むよりほか無かったものの、やがて様々な方法が採られるようになった。
 まず、休暇を与えて帰郷させるという方法があった。そして帰郷すれば妻や恋人がおり、さらには前線に夫や恋人を奪われ、留守を守って禁欲と孤独に苦しむ女性の大群がいた。帰休中自分の妻以外に多くの女性と性交することは、兵士たちの間では自慢の種であり、尊敬の的でもあった。
 また前線に慰安所を設けて娼婦を置くという方法も採られた。そして塹壕で緊張と禁欲の日々を送る兵士たちは、短い前線休暇の間、列をなして娼婦のもとに通った。
 このほか、前線休暇中には慰安所の娼婦以外の女性と関係を持つことも、不可能ではなかった。当時の一般市民の生活は、規則正しく給養を与えられる軍隊のそれを下回っており、食料等を工面すればそこが敵地であれ、現地の女性の歓心を買うこともできた。またドイツの兵站地で勤務する女子突撃隊はふしだらな行状で有名であった。
 それから、当然のように同性愛も流行し、兵士たちには、これを恥ずべき行為として戒めるビラが配られた。
 やがて世界大戦は、参戦諸国にすさまじい消耗をもたらして、1918年に終結するが、その後20年あまりで再び世界規模の大戦が勃発している。この大戦でも帰休に関する状況は前大戦とあまり変わらない。帰郷すれば、妻や恋人が待ち、さらに恋人や夫あるいは男友達を戦場に奪われた女性が大勢待ちかまえていたのである。これに関して、何か付け加えるべきことがあるとすれば、女性の自立が先の大戦よりいっそう進んでおり、これとともに、夫や恋人の不在がもたらす影響も、よりいっそう深刻になっていたということだけだろう。
 ところで、この二度目の世界大戦は、高度に発達した兵器によって高い機動性をもって戦われたが、そのためには兵器の整備や通信業務など、戦闘以外の膨大な業務が必要であった。そして、非常に多くの男女がこれらの業務のために軍隊に召集されたが、そこにいる女性は、もちろん兵士の性欲処理の相手を努めている。


おわりに
 それなりの意気込みを持って作り始めたのに、できあがってみればずいぶんと小さな発表に…。これでも持ってる知識は全部詰め込んだはずなんですが…、ごめんなさい。


参考資料
世界風俗史 1〜3;パウル・フリッシャウアー著 関楠生訳  河出文庫
ヨーロッパ史と戦争;マイケル・ハワード著 奥村房夫・奥村大作訳  学陽書房
戦争論 われわれの内にひそむ女神ベローナ;R・カイヨワ著 秋枝茂夫訳  法政大学出版会
ハンニバル アルプス越えの謎を解く;ジョン・プレヴァス著 村上温夫訳  白水社
傭兵の二千年史;菊池良生著  講談社現代新書
ドイツ傭兵の文化史 中世末期のサブカルチャー/非国家組織の生態誌;ラインハルト・バウマン著 菊池良生訳  新評論
アナバシス 敵中横断6000キロ;クセノポン著 松平千秋訳  岩波文庫
アレクサンドロス大王東征記付インド誌 上・下;アッリアノス著 大牟田章訳  岩波文庫
阿呆物語 上・中・下;グリンメルスハウゼン著 望月市恵訳  岩波文庫
ドイツ人の見たフランス革命 一従軍兵士の手記;フリードリヒ・クリスティアン・ラウクハルト著 上西川原章訳  白水社
西部戦線異状なし;レマルク著 秦豊吉訳  新潮文庫
THE LATE ROMAN ARMY;PAT SOUTHERN,KAREN RAMSEY DIXON  Yale University Press
RICHARDT AND SCIENCE OF WAR IN THE MIDDLE AGES;John Gillingham(WAR AND GOVERNMENT IN THE MIDDLE AGES/THE BOYDELL PRESS・BARNES&NOBLE)
Women and War;Jean Bethke Elshtain(THEOXFORD HISTORY OF MODERN WAR/OXFORD)


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