2006年1月20日
ミカエル=アウスバッハ時代の西方地域について  yanoU


○ 序文
 ロアーヌ侯ミカエルを著述する書籍は多い。ピドナ、神王教団、そしてツヴァイク公国という脅威に囲まれたロアーヌ侯国を、一代で世界に冠たる大国に育て上げた彼の手腕は物語的であり、またナショナリズムのなかでしばしば神聖化されてきた。それゆえ、ミカエルの生きた時代そのものも、新勢力が旧勢力を排除する単純な権力史的運動の流れで説明されることが多かった。
 しかしながら、私が光を当てたいのは、静海連合であり、また北海地方の国々である。偉大なるロアーヌ、衰退せる静海都市同盟という構図はこれまで人々が語ってきたところであるが、私には十分立証されているとは見えない。静海の経済はいまだに力強く、輝きを失わないものであったし、ロアーヌそのものの国力は華々しい対外的勝利に見合ったものではなかった。要するに、ミカエルの政策に対する考察はあまたあれど、西方地域全体を空間的広がりとして捉える研究がかけていたのではないか、と私には思えるのである。
 とはいえ、三つの海にまたがるこの空間的広がりは、私一人の手にはあまる。同時代の静海地域の有様を記した資料も、現段階ではあまりに少ない。したがって、本稿は「完全なる研究」と言うよりは、続く空間的研究のためのトルソと言うべきものである。

○ 「オーラム」――完全な通貨と一物一価の実現
 アウスバッハ時代の西方地域では、あらゆる商品が同一の通貨「オーラム」で購入することができた。くわえて、いつでも、どんな地域でも、まったく同じ価格で商品が取引されていたのである。これは驚異的なことだ。
 たとえば、アウスバッハ時代の西方地域は急激な人口増加のために食糧不足に陥ったが、インフレの兆候はまったく見られなかった(1) 。同様のことは、ロアーヌの東部開拓運動による金鉱の開発や、ゾウキャラバン によるラシュクータ金の流入にも関わらず、金価格すなわち通貨価値の下落は見られなかったという点にも見出すことができる(2)。
 国家間の価格差についても同様である。ヤーマス、ウィルミントン、ロアーヌの武器価格を比較してみよう。ヤーマスは武器工業についてマニファクチュアがすでに成立しており、しかも当時世界で最大規模の鉄鉱山であるアイフェル鉱山からランス陸送隊の手を経て安価に原料を確保することができる。一方、ロアーヌはミュルスにフーバー鉄鉱があり、国家的な武器開発事業に取り組んでいるものの、その技術はヤーマスのそれとくらべて一歩劣っている。最後に、ウィルミントンは静海連合のなかでもっとも海運業が後進的であり、陶器や日用品の生産は先進的であるものの、武器生産技術は低い。したがって、武器の生産力はヤーマス、ロアーヌ、ウィルミントンの順であり、通常の流通が成立していれば、価格もヤーマスがもっとも安くなければならない。しかし、実際にはブロードソードの値段はウィルミントンでもロアーヌでも等価であるし、白銀の剣の値段はウィルミントンとヤーマスの間で同じ価格である。ウィルミントン−ヤーマス間なら、都市間隔の狭さと静海連合内の発達した陸運で説明できるかもしれないが、西方地域のなかでもっとも東に位置するロアーヌと、世界の西端(3)のウィルミントンの価格が同じであることを説明することはできない。
 こうした「一物一価の原則」が現実になったのはなぜだろうか(4) 。私の手元にある資料では、「術」の力と超自然的ななにかが働いていた、としか説明することができない。


○ 「オーラム」の価値について
 オーラムの語源はおそらくラテン語で金をあらわす「aurum」であろう。言葉から想像するに、金を素材としている貨幣か、あるいは金を本位商品とする通貨であると考えられる。いずれにしても、あらゆる土地で使用でき、価値は一定であり、持ち歩くことができる限界量は一万オーラム程度であることが知られている。オーラムは西方地域外でも流通しており、また財産の代名詞だった。ナジュ地域に住む子どもが、「さばくにね、おーさまたちのはかがあってね、オーラムがいっぱいあるんだって」と口にしたという東方旅行者の記録はそれを如実に表している。
 さて、ところで、これからの議論を進める上で、重大な疑問を解く必要がある。そもそも、1オーラムはいくらぐらいの価値があったのだろうか。「練磨の書」によれば、その価値は現代日本の通貨になおしておよそ4000円程度であったという。ミカエル=アウスバッハ候が即位した直後の出納台帳には99万オーラムが国家予算として計上されている。ブロードソードの世界価値は600オーラムであった。高級傷薬は200オーラムであり、宿屋は一泊1オーラムである。また、大企業の商人が取引先の人々を「おもてなし」する際に用いられた予算は1万オーラムほどであったことが記録に残っている。

○ 歴史の概観
 ミカエルがロアーヌ侯に即位した時期(5) 、西方地域では大変動が起きていた。土着部族の合同支配によって統治されていたナジュ王国ゲッシア朝(6)が、終末思想を掲げる神王教団によって滅亡させられたのである。信徒軍を率いるのは教祖ティベリウス。土着信仰を攻撃し、「神王」の降臨と救世を説く彼の思想は、死蝕を契機に爆発的な速度で広がっていった。ナジュ地域はもとより、海を隔てたメッサーナ地域まで広がり、一大勢力を築き上げる。一方、これに危機感を抱いたゲッシア朝は神王教団を弾圧。信徒たちは一斉に蜂起し、ハマール湖(7)の戦いで国王軍を打ち破り、ゲッシア王朝を滅亡させた。
 当時の西方世界には、四つの勢力があった。北の軍事大国ツヴァイク、南海貿易で潤う静海連合、内乱で乱れたロアーヌ、そして飛ぶ鳥を落とす勢いで成長するピドナである。
 ピドナはメッサーナ地方の海の玄関であり、ロアーヌ、静海地方、ナジュ地方と容易に海上交易ができる位置にある。支配者は僭主ルードヴィッヒ。当初、近衛軍団長を代々つとめる名家クラウディウス家のクレメンスがピドナの後継者になると目されていた。リブロフで力をつけたルードヴィッヒはこれに公然と挑戦。自らの軍団を率いて近衛軍団と戦うが、あっさりと敗北する。しかし、クレメンスは何者かに暗殺され、ルードヴィッヒはピドナの君主となることに成功した。彼の拠点がリブロフであり、そこが神王教団の影響が強い土地であることを考えるに、暗殺者を送り込んだのは教団ではないだろうか。事実、ピドナの有力者に聖王家につながりの強い者が多いにも関わらず (8)、ルードヴィッヒは神王教団の布教を許し、強硬派マクシムスを支部長に迎えているのだから、教団となんらかの取引があったとするのが自然であろう。
 さて、ロアーヌ侯に即位したミカエル=アウスバッハは、内憂外患の情勢に対処しなければならなかった。諸侯の忠誠は揺らぎ、領内には野盗が跳梁跋扈していた。これに対してミカエルは、魔物討伐の遠征でわざと領内を無防備にし、反対派急先鋒のゴドウィン男爵の反乱を誘発してこれを討伐する。続いて、ゴドウィン男爵の弟を名乗るエドウィン、さらにパッペンハイム傭兵団や野盗を打ち破り、王権を拡張する。
 こうしたロアーヌの勢力伸長に対して面白くないのは神王教団であった。神王教団の隣国はリブロフとロアーヌであるが、リブロフは神王教団の信徒が多く、ピドナもルードヴィッヒの勝利によって盟邦となっている。したがって、唯一の対立国であるロアーヌの力を削ぐことは安全保障上の急務だったのである。
 まず、神王教団と利益を共有するルードヴィッヒはファルスとスタンレーの外交関係を悪化させ、戦争を誘発する。名将ジェイスンの卓抜した指揮と、ドフォーレ商会の支援によってスタンレーはファルスを破り、穀倉地帯の一部を割譲させられてしまう。これはファルスの穀物取引に大きな権益をもっていた、クラウディウスと親交の深かった商人に大きな打撃を与えた。さらに、ロアーヌの食糧事情が悪化し、経済に打撃を与えることにもつながった。
 同時期、軍事演習を行っていたロアーヌ軍を、リブロフ軍団が攻撃する。この事件はリブロフ軍団の独断ではなく、神王教団に内通する軍団内の人間が引き起こしたものだったのだが、いずれにしてもリブロフとロアーヌの仲は険悪になった。ロアーヌの間諜がリブロフ国境付近の砦から軍をおびき出し、これを撃破して砦を占拠すると、リブロフを支持する神王教団と全面的な戦争状態に突入した。神王教団のロアーヌ討伐軍を指揮するのは猛将として知られるガリバルディー。ミカエルは巧みな指揮によってこれを破ると、潰走する神王教団軍を追ってアクバー峠、ナジュ砂漠まで進撃。待ち伏せていた教団軍を破り、リブロフ半島における権益を確固たるものにし、ミュルス海上交易の基礎を築いた。
 こうした敗北の責任をとって強硬派のマクシムスは辞任し、教祖ティベリウスによる教団改革が行われることとなった。

○ 各国の政治、経済について
・ ピドナ
 西方地域最大の経済力を誇る大国。僭主ルードヴィッヒのもとで旧勢力の弾圧が行われ、政治的には必ずしも安定しているとは言いがたいが、経済的には自由市場のもとで活発な取引が行われた。この時代、他の地域では生産や価格を統制するグループ、ギルドなどによって自由競争が妨げられていたが、ルードヴィッヒの反乱による政治的な空白は、グループなどの成立を保障する政治的な力の不在につながり、意図しないかたちで自由な市場が実現したと言える。メッサーナキャラバン、ラファエロ商会、ピドナ・バンク、アルフォンソ海運、そしてトーマス・カンパニーなど、グループに所属しない商人が活躍していたことはよく知られている。
 ただし、メッサーナ工房やマンマ・メッサーノなどのグループは存在したし、国営の造船所が作られていたことを見落とすべきではない。市場の自由の程度は他国よりも大きかったにせよ、現実的にはさまざまな障害物があったことは知っておく必要がある。

・ ロアーヌ侯国
 ミカエル=アウスバッハの軍事的手腕は優れていたが、経済運営の才能はまったくといっていいほどなかった。彼の施策はことごとく失敗に終わった(9)が、それでもロアーヌが発展したのは、シノンを拠点とする東方開拓のおかげであった。アビス軍の拠点であるタフターン山脈とナジュ砂漠を除けば、東方交易が可能な経路はシノンのみであり、豊富な金鉱が発見されたこともあって、飛躍的に経済は発展していった。
 神王教団との戦いに勝利してからはミュルス海運の発展が目覚しく、絹を原料にしたロアーヌ織など高価な工業製品を生産するロアーヌ社の製品を輸出することで、多額の外貨を得ることに成功している。

・ 静海連合
 南海貿易によって潤う静海地方の都市国家連合。表向きは同盟をしているが、貿易の利権などを争いウィルミントンとヤーマスが対立を深め、学説上の対立によってモウゼスが南北に分裂するなど、政治的には不穏な情勢が続いていた。
 ピドナとロアーヌ侯国の発展によってあたかも経済も没落していったかのように考えられることは多いが、静海連合の経済はいまだに力強い、確かな発展を示していたのであり、いまだに交易の重心は静海にあったのは間違いない。事実、トーマスカンパニーが台頭する前は、依然としてフルブライト商会とドフォーレ商会が商業世界の頂点に立っていたのであり、静海工房は当時最大の工業力をもっていたグループであった。
 確かに、ウィルミントン市議会の経済施策は貧富の差を拡大するばかりであったし、ヤーマスの経済は牧羊ギルドに見られるように、自由な取引を規制する障害があったのは事実だろう。麻薬をはじめとする禁制品を、ヤーマスドラッグなどの企業が取り扱ってもいた。しかしながら、あの時代に、ドフォーレ商会が衰退したのは、義賊を名乗るロアーヌ人の差し金であり、あからさまなダンピングによるところが大きかった。これは根拠のないことではない。ドフォーレ商会に不利な風聞を流し、商会の幹部が辞任するほどの騒ぎを作ったあの義賊ロビンが、シノン出身の豪農カーソン家の姉妹や、あのトーマス=ベントと通じていたことが、最近の史料研究で明らかになったのである。商道徳にもとる卑怯な手段によって、静海の富を搾取してロアーヌとメッサーナが成長していったことを忘れてはならない。

・ 南海
 南海はこの時代の経済を語る上で、忘れてはならないファクターである。アケからは木材やサトウキビ、スパイスが産出されたし、グレートアーチは商品作物だけでなく、観光業も重要な役割を果たしていた。妖精の町は茶、コーヒー、特殊なスパイスなどを扱う「妖精ちゃん」が存在し、貿易上大きな意味をもっていた。こうした南海の利権を得たのは、主として静海連合のドフォーレ商会やマッキントッシュ海運であった。
 南海を語る上で、もうひとつ重要なものは、奴隷の存在であった(10)。特に、東方開拓のために膨大な労働力が必要とされたロアーヌにとって、南海地域の奴隷は欠かせない製品だったのである。



本文注

(1) トレードイベントの最中に、「巷では食糧不足のようです」というメッセージが流れる。しかし、現実の経済ならば起こってしかるべき悪性インフレはその気配すら見えない。
(2) データのみ存在する物件で、ゲーム中には登場しない。以後、データのみ存在する物件も、ゲーム世界には存在するものとして話を進める。
(3) 正確にはバンガードが西端である。この西端というのは文字通りの意味であり、船などでさらに西へ進むと滝のようになっていて、ロブスター族が住む「世界の最果て」という土地についてしまう。したがって、われわれの世界のようないわゆる「大航海時代」というものは存在せず、その代わりにロアーヌによる「東部開拓」とピドナ、静海連合による「南海貿易」がスパイスや金、そして奴隷の需要を満たす重要な手段となっている。
(4) 一物一価の原則は、もちろん現実世界では実現しない。輸送費が存在するために、産地から離れれば離れるほど、価格が高くなるのが通常だからである。したがって、商品の輸送費を限りなくゼロに近づけるだけの、画期的な輸送手段の発明があったものと想像される。
(5) ゲーム開始時点の十年前。
(6) ナジュ地域を支配する大帝国。ゲーム中にはリブロフのパブ二階に座っている男性のセリフの中に登場する。
(7) 塩分を多量に含む湖。死の大河の源流か。
(8) クラウディウス家の持ち物であった建物には、王家の指環の情報を知る家族が入居している。そもそも、メッサーナ地方のすぐ北にはランスがあり、クラウディウス家がファルスと深い関係を結んでいることを考えれば、容易に想像できることである。
(9) マスコンバットにはまったことがある人ならわかるように、ミカエルの内政はやればやるほど状況が悪化していくようになっている。
(10) アケ移民あっせん所という没物件が存在する。ゲーム中には登場しない。


2005年度例会発表一覧に戻る

inserted by FC2 system