2015年2月13日
暗越  月瀬まい


 阪奈間の峠道
 暗越は大阪と奈良を最短で結ぶ街道で、現在は東大阪市以東の区間が国道に指定されている。ならば現在は車が行き交い賑わっているはず……かと思えばそうではない。道が狭いうえ急勾配で、到底大型車の通行はできない。そのうえ暗峠付近には石畳が敷き詰められている。
 国道でありながら車の通行を拒み昔の街道の風情を残す道、暗越について述べる。

 暗越の経路
 暗越は大阪府側では暗越奈良街道と呼ばれ、奈良県側では暗越大坂街道と呼ばれた。ここでは「暗越」の呼称で統一する。
 暗越は大阪から生駒山地を横断して奈良に至る。起点は近世までは大阪の市街地の東端である玉造[1]とされていた[2]が、明治初期の道路制度整備に伴い大阪市街の高麗橋東詰[3]とされた。玉造からは東進して東大阪市に入り、豊浦で東高野街道と交差。ここから峠道に入り、標高455mの暗峠に至る。暗峠を越えると奈良県である。
 「暗峠」の名の由来には、松や杉が繁茂していて暗かった[4]からという説が「河内名所図会」に載っている。また「河内名所図会」では、小椋山があるため「椋ヶ根(くらがね)峠」とも呼ばれると述べているが、鞍部を意味する「鞍ヶ峠」に由来すると言う説もある。また「闇峠」と書かれることもある。
 さらに東へ進んで、榁木峠を越えれば奈良盆地に入る。峠を下った先の追分には本陣が残っている。尼辻には茶屋があったという。

国道308号
図 1 現在の国道308号の経路(googlemapより作成)

現在の暗越
写真1 現在の暗越
追分の本陣前
写真2 追分の本陣前

 暗越の歴史
 暗越は古来より用いられた。「古事記」雄略天皇段や「万葉集」巻六の一首にみえる「日下の直越(ただごえ)道」を暗越にあてる説がある。「古事記伝」以来の説であるが、「古事記」や「万葉集」には峠道から海が見えると書かれているのに実際は見えないとして反対する説もある。また、春日大社第三殿・第四殿に枚岡神社の祭神が祀られていることは暗峠を挟んだ両者の関係を浮かび上がらせる。
 時代は下って中世、「中臣祐定記」嘉禎二(1236)年10月9日条にみえる「生馬越路」は暗越と推定され、中世にも利用されたことが窺える。軍事的に重要で、畠山氏の内紛の際には東方遊佐河内守の陣が置かれた。大坂冬の陣のときには徳川家康が遠藤慶隆に守備を命じた。
 近世に入ると暗越は栄えた。大坂と奈良を結ぶ最短距離の商業路として用いられ、奈良・初瀬・伊勢への参詣路としても用いられた。豊臣秀吉の時代には大和・伊賀・伊勢の諸大名の参勤路となり、次いで江戸時代には脇往還となり、大和郡山藩主が参勤交代に利用した。「河内名所図会」にみえる「大坂より大和及び伊勢参宮道なり。峠村に茶店、旅舎多し」という記述が当時の賑わいを表している。
 明暦元(1655)年には松原村に宿駅が設けられ、松原・水走両村が人馬を供給した。寛文十(1670)年末にはこれに豊浦・額田両村も加わった。元禄十四(1701)年当時、松原宿は人足50人・馬50匹を備えていた。暗峠の大和側には大和郡山藩の本陣が建ち、宿屋や茶店が建ち並んだ。街道筋の村は大和郡山藩領となり、街道も大和郡山藩が管理していたと考えられている。
 また文学の題材ともなった。井原西鶴の「世間胸算用」には、数の子を金子と間違えられ暗峠で追剥にあった話が載っている。また松尾芭蕉は元禄七(1694)年9月9日に奈良から大坂へ移動した際暗越を利用し、「菊の香にくらがり登る節句かな」と詠んでいる。寛政十一(1799)年12月に街道の側にこの句碑が建てられた[5]
 しかし明治に入って状況は一変する。鉄道の開業のため、暗越は衰退した。明治二十五(1892)年には大阪鉄道[6]が開業、大正三(1914)年には大軌鉄道[7]が開業した。宿屋や茶店も次第に消え、明治初年に20戸あった暗峠の民家も現在では数戸となっている。
 その後、暗越は近代道路制度に組み込まれ大正九(1920)年大阪府道大阪枚岡線に指定され、昭和二十九(1954)年には大阪府道・奈良県道大阪枚岡奈良線に指定された。昭和四十五(1970)年に国道308号に指定された。平成九(1997)年4月23日、国道308号のバイパスとして第二阪奈道路が開通した。


    注釈
  1. ^ 現在の大阪市天王寺区玉造元町付近。
  2. ^ 大阪市東区の八軒家とする説もある。
  3. ^ 現在の大阪市東区高麗橋詰町。かつてはここに里標が置かれた。
  4. ^ 「河内名所図会」によると、豊臣秀長が郡山城を築く際に木をすべて伐採したのだという。
  5. ^ 現在は東大阪市豊浦町の勘成院境内に移築されている。
  6. ^ 現在のJR関西本線。
  7. ^ 近鉄の前身。

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